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神奈川区、西区の中心点調査で杉山神社が近くにあるのでgoogle地図で杉山神社をマッピングしてみました。結果は、緑区、港北区、保土ヶ谷区(横浜市)、南区、鶴見区の近傍にも杉山神社があることから、「中心点散歩の楽しみ方」として全18区を調査する予定です。

杉山神社について ウィキペディアでは、次のように紹介されています。

名称の由来については、杉山に祀られていたという説や樹木の神である五十猛命と杉林に因むという説、船舶材として使用されていた杉の木に因むという説など諸説ある。また当社の由緒についても不明な点が多いが、出雲民族の末裔(五十猛命)が紀州熊野より海人族を引き連れて伊豆半島や三浦半島に辿り着き、後者を経由して鶴見川水系に住み着いた一族の頭領が杉山神社を創建したという説がある。なお、三浦半島の三浦郡葉山町上山口には旧相模国で唯一の杉山神社があり、さらに同神社の「元宮」と呼ばれる社も周辺の山中に鎮座しているが[、旧武蔵国における杉山神社との関係は不明である。この他、茅ケ崎中央の杉山神社に伝わる由緒では「天武天皇白鳳3年、安房神社神主の忌部勝麻呂(紀州系忌部氏)によって武蔵国の杉山の岡に高御座巣日太命(高御産日命)・天日和志命(天日鷲命)・由布津主命(阿八別彦命)の3柱が祀られ、同氏の麻穀栽培地開墾の拡大とともに神社も広まった」とされている。当時の都筑郡は開拓者である忌部氏の勢力が強く、多くの古墳や環濠集落が作られるなど武蔵国府の支配外にある一つの小国を形成しており、古東海道も横断する物資の集散地であった。ただし、杉山神社の始まりが忌部勝麻呂によるものとされることについては『新編武蔵風土記稿』で記載されているものの、他に文献資料などが残っておらず根拠としては乏しいとされる[

一方、上述の杉山神社のルーツとは別に、源頼朝縁の旧相模国土肥郷杉山における市杵島姫命(弁財天) を祀る「七杉山神社」(鎌倉の鬼門鎮護を目的に7つの祠を建立)とされる社があり、式内社論社の杉山神社とも一部重複しているなお、東京都墨田区千歳の江島杉山神社も本来は弁天社(江ノ島神社を勧請したもの)であり、「杉山」は杉山和一を祀っているため付いた名である。

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